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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

チェンマイまで600Km

              ≪九月二日≫     ―壱―



  夢の中、一度だけ目を覚ました。


 ボーン!という、銃のような音が聞こえ、窓の外を見ると、暗闇の中

数人の人影が同じ方向に走っている姿が見える。


 バスは関係なく、ドライブインの前で停まった。



  ガイドがマイクを手に話し出した。


    ガイド「ここで暫く休憩します。食事の用意をしていますの

         で、ご自由にご利用ください。バスの発車時間は、今か

         ら十五分後とします。あまり遠くへ行かないようにお願

         いします。」


 ぐっすりと眠っていたはずの乗客たちも目を覚まし、バスを降りてい

く。


それでも寝ていたい人が数人残っていた。



 その中に俺もいた。


    俺「真夜中に食事でもないだろうに・・・・。」


 バスが走り出してまもなく出された、ケーキとコーラで十分だった

し、いざという時のためにパンとジャムの用意もしていたのだ。


 それでも・・・・暫くして、息抜きに外へ出てみることにした。




  祭りの時に金魚を入れるような、ビニール袋に氷とコーラ

の入った飲み物を買ってくる。


 ストローを口にあてると一気に吸い込んだ。


 冷たいコーラが胃に染み渡って行く。


 氷を入れているせいか、日本で飲むコーラより少し水っぽい。


 氷だけになった、ビニール袋をイスの背中に縛りつけ、氷が溶けるの

を待った。


    毛唐「おい!飯食って来いよ!バス代の中に料金が入ってるん

         だぜ。食わなきゃ・・・損と言うもんだぜ!」


 誰も立ち上がらない。



                 *



  チェンマイについて知っている事と言えば、幼い現地妻を何人

も養っていたと、日本でニュースになり大騒ぎになった、玉本事件であろう

か。


 美人の産地であるという事も有名だ。


 タイ第二の都市、ビルマとの国境に近い北部の町チェンマイ。


 タイ国有鉄道の北の終着駅だ。



  タイに行ったら必ず訪れてみたかった地方都市である。


 それもこれも、玉本事件のニュースに興味を持った以外何もなかっ

た。


 ワクワクしている。


 もう一眠りしたら、その憧れのチェンマイに着く。



  食事に外へ出ていた人たちが、バスに戻り始めた。


    ガイド「皆さん、お隣だった人はみんな揃っていますか?」


 ガイドが乗客たちを確認している。


 全員揃った所で、再び室内灯が消された。



  次に目を覚ますと、空が明け始めていた。


 山にも朝靄が立ち込めている野が見える。


 バスの中での睡眠は、窮屈で身体のあちこちが痛い。


 頭の中も靄がかかったように、ボンヤリとしている。


    俺「もうチェンマイの街は近いんだろうな!」


 窓のカーテンを少しばかり押し開いた。



  靄の中をバスは注意深く走っている。


 俺はリクライニングをもとに戻すと、外に広がる朝靄の田園風景を凝

視した。


 そんな中に、チラチラと動くものを見つける。


 もう畑で働いている人が目に入る。


 仕事の手を休めて走るバスを見ている人、自転車に乗って先を急ぐ

人、まだ太陽も上っていないというのに、もう人は働きはじめている。



  時計を見ると、午前5時30分を指している。


 どうやら、目を覚ましたのは俺だけではなさそうだ。


 それでも、目を開けるだけで、身体も唇も手も足もまだ眠ったまま。


 誰一人として、口を開く者はいない。



  話し声がもれ始めたのは、ガイドから配られたお絞りとティー

が手渡されてからだった。


 お絞りを包み込んだビニール袋を両手で叩く音があちこちで聞こえて

くる。


 俺は袋を開けると、今まで眠っていた顔に押し当てた。


 熱いお茶は暖房のせいか、乾いた喉を潤して行く。


 乗客たち全員にお絞りが配られると、ガイドはマイクを手に持った。



    ガイド「皆さん!おはようございます。どうですか、良く

           眠れましたか?慣れないバスの中での睡眠でお疲れ

           になったことと思います。バスは皆さんが眠ってい

           る間に、ずっと走り続けもう10分ほどでチェンマイ

           の街に入ろうとしています。」

  
    皆  「オー!」

  
    ガイド「バンコックから北へ600Km、静かな北の都チェンマ

           イので、楽しい毎日を送られることを希望していま

           す。」

  
    皆  「は~~~い!」

  
    ガイド「もうすぐ、皆さんともお別れの時間が近づいてま

           いりましたが、私達乗務員一同皆様方と一緒に旅行

           できた事を喜びとしています。次の機会にまた、皆

           様方とお逢いできる日を楽しみにしています。それ

           では皆さん、これからも良い旅行をしてください。

           有り難うございました。」


  拍手が鳴り止まない。

  
    ガイド「コークン・マーク!」



  英語とタイ語の二カ国語でのアナウンスを終えると、バスはも

うチェンマイの街中を走っていた。



                   *



  チェンマイの朝は早かった。


 暖房の良く効いたバスの中から、朝靄と冷気の立ちこめる街に降り立

つのは、ちょっとばかり勇気がいる。


 それは初めて目にする街に対する不安感と肌寒さから来ているのだと

思う。


 それでも外気の冷たさは、目覚めたばかりのボンヤリとした頭をスッ

キリさせるには良い条件と言えた。



  バスが停まる。


 バスのタラップに足をかけると、美しいガイドが俺に別れを惜しんで

いる。

  
    ガイド「お疲れさま!」

  
    俺  「良く眠れました。」

  
    ガイド「またお逢いしましょう。」



  外には、バスの乗客たちを一人でも多く宿まで運ぼうと、タク

シーならぬ輪タクが数多く待ち構えていて、客の取り合いを始めた。


 お陰で、バスから降りると客と客引き、それにバスから放り出されて

いる荷物で、足の踏み場もない程混雑していた。



  俺は早速、自分の荷物を見つけると背中に担ぎ上げた。


 客引きが何人もまとわりついてくる。


 俺は客引きを振り払うと、近くの輪タクと交渉を始める。


    俺  「タウライ!P・K(P・K、GuestHouse)」


    輪タク「シッ、バーツ!(10バーツ≒150円)」


 俺は怒って言った。


    俺  「プライマイチャイ!(そうじゃないだろ!)サーム・

バーツ(3バーツ≒45円)」


 強行に値段を言うと、その横で聞いていた他の輪タクが、俺なら3バー

ツでOKだと、口をはさんで来た。


 慌てた輪タクは、すぐ”OKOK!”と言うと、俺を幌のついた輪タクに

押し上げた。



  バスの回りはまだ、乗客たちが溢れてザワザワしている中、俺

だけがゆっくりと目的地に向けて動き出した。


 輪タクの親父は、細い筋肉質な足を半ズボンから出して、ペダルに足

をかけると、サドルから腰を浮かし、ゆっくりと、しかし力強く踏みつける

と、輪タクが走り出した。


 親父の口からは、白い息が冷気の中に吐き出されて来る。



  輪タクは、”Chang Klan Road”から、”Tu・Pae Road”へ

と入り、堀を渡ると”Mool Muang Road”を右折する。
 ”P・K・G、

House”はそこから看板が目に入った。


 目的地の”P・K・G、House(PKゲストハウス)”は、四角い塀のなか

にあった。


 正式名は”Poung Keo Guest House”と言う。



    *住所:No109、Mool Muang Road、Cheing Mai、

ThaiLand

*TEL:236551



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